アメリカの風:アメリカ点描
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
成田からデトロイトへの機中、窓際だったので地球(?)が良く見えた。地球と言うよりも地表なのかも知れないが、その表情は実にダイナミックだ。しかし、悲しいかな、どこを飛んでいるのかさっぱりわからない。劇的な地面の形態がどのような経緯で作られたのかもわからない。もちろん地名も、国もカナダなのかアメリカなのかもわからない。見えているのはレーニエ山のようにも感じるが、そんなところを通るのだろうか。機内でつまらない映画をやるのではなく、ハイビジョンカメラで機上からのベストアングルを撮って、ハイビジョンクラスの機内ディスプレイにリアルタイムに中継し、主な地形、地名、飛行コースを字幕などで解説したサービスはできないものか。ついでに、好みによって、見えている景色の中の鉱物資源とか農作物の解説も引き出せたら素晴らしい。昔の飛行船の旅の現代版である。Googleではちょっと出来ないだろう。もっともこの映像をGoogleに提供しちゃうといつものバーチャル・パターンになってしまう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ハーバード大学キャンパス、ジョン・ハーバードの像。皆ここへ来て、靴の先を触る。氏は大学を寄付したそうだ。僕は触らなかったぞ。日本の大学にはこういうところはないな。大隈重信像も、福沢諭吉像も触るところはないし、海外からの来訪者が憧れるような存在ではないな-。大隈重信など対華21箇条要求時の総理大臣としてむしろ中国人に嫌われているのではないだろうか。産学連携ジャーナルVol.5 No.6に濱中淳子氏が寄稿した「『工学離れ』という錯覚」という記事が目に留まった。世に言われる「工学離れ」が全くの嘘であることが示されている。具合の悪いのは経済学部で、むしろ工学部は女子の台頭で将来性ある傾向にある。こうしたきちんとした論述を読むと、軽薄なメディアの論調には腹が立つ。メディアには単純な四則演算もできないのか、といいたくなる。識者はみんなわかっているのだ。やっぱり工学部だ。しかし経済学部の低落も笑っているわけにはゆかない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
霧のボストン・ダウンタウン、Old South Meeting Houseという古い教会。摩天楼とのコントラストが何となくアメリカの風情を作っている。バスの中から駆け足で見物しただけだが、ボストンの街は結構高密度で、かつ相当な地下鉄が走っているので、日本の都会人には暮らしやすそうに見える。やっぱり都市は徒歩と電車であちこち行けなくては寂しい。ボストンでも高層ビル街はフィナンシャル・センターという。どこの都市でも君臨してきたのは金融のようだ。風光明媚で、港湾に恵まれ、大西洋を隔てて欧州に近く、言わずと知れたケンブリッジを控え、ほんとは東京や大阪を凌いでもおかしくないが、広域都市圏で750万人程度の人口だそうだ。ノーベル賞のようなインテリジェンスでは東京も大阪も遠く及ばないが。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
木星の衛星、エウロパからの画像、ではない。これは北極。東京とボストンの間にあるのは太平洋ではなく、北極海だ。真夏でもしっかり凍っていた。昔、アムンゼンによる北極探検の話を聞いた覚えがある。こんな景色を見たのがその最後だったのではないだろうか。ボストンは東京の北にある。そして東京もまたボストンの北にある。その間を隔てるのは北極海。飛んでみればわかる不思議な関係。誰だ「洋の東西」という言葉を使ったのは。ちっとも東西ではない。北帰行、北の脅威、ようするに北がテーマである。ボストンから戻った。今回の旅程は往復とも窓際の席だったので、惑星、地球の営み、というか地表のダイナミズムを味わうことができた。宇宙からでなくとも定期航空路から見るだけで、人間は地球に比して充分小さい。地質学の素養があればもっと楽しめるのに、と思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いやー、晴れた。ボストンの勇姿。今回はボストン湾というかチャルズリバーの姿を堪能できた。このダウンタウンの後ろにケンブリッジ市があり、聖地、ハーバード大学、そしてMITがある。ハーバード出身の大統領を擁して、まさに輝くアメリカである。テキサスのようなグレートアメリカ、そしてシリコンバレーとも全く異なるanotherアメリカである。3日間の国際会議が終わった。アメリカに居ながら、何か不思議な感触となった。それはアメリカのアイデンティティを感じない感覚である。アメリカは強烈な国家主権の主張の上に、その自らのアイデンティティを意識させない国際的な人の活動の場を提供している。その場はアカデミズムであり、ビジネスである。いまさらアメリカの奥の深さを言っても仕方ないが、どこまでも日本とは対極の世界のように感じられた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
霧の晴れ間に垣間見たボストン。今回の国際会議参加につながる一連の活動を始めて6年ほどになる。この間、17個の会合に参加し、そのうち14回は発表をした。この活動でいろいろな国、都市を訪れ、また合間に著名な場所の見物もできて、世界への認識を深めることができた。しかし国際活動に慣れることはない、国際社会に溶け込めるわけでもない。いつも緊張状態の戦闘モードだ。英語も努力にもかかわらずちっとも上達しない。やっぱり国際社会は日本とは違う、日本の日常性ともかけ離れている。今回は中国からの人々の印象が強かった。中国各地の大学から来ている、若い助教授、教授クラスの人々だ。女性はほとんど化粧せず、皆の髪型、服装も見るからに、中国から来ました、という感じであるが、実に流暢な英語で、活発に議論する。中国人はもとも国際人なのではないか、と思うほどだ。日本は相当に努力しないと「うまくない」という印象である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ハーバード大学。ちょっとキャンパスを見学しただけだ。観光地になっている。世界中から見物に来ている。その風格は先入感がなくともなかなかのものである。このキャンパスを含め、ここボストンはanotherアメリカという感じがする。立派なたたずまい、歴史と伝統が今日の世界経済や人類の平和創出にさっぱり貢献しているように見えないのは残念だ。ここの悪役、ビジネススクールのイメージが悪いのかも知れない。社会科学の研究と実際の政策の乖離も大きい。もっとも、大統領そのものを輩出しているのだから、アカデミズムの限界なのだろう。世界はハーバードに跪いているようでは駄目なのだ。アメリカの時代の終焉を言うならば、ハーバード大学とその卒業生の活躍の終焉を言わなくてはならない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ドックヤードガーデン、三菱重工横浜造船所ドック跡。産業遺構は本物ということで、そこにあるだけで一定の迫力があるが、ここの遺構はその物理的な迫力も大変なものである。目下横浜は開港150周年というお祝いの最中だが、素直に祝う気持ちにはなれない。何が目出度いのか。横浜は開港することによって栄えた、と言いたいのだろうが、それこそ「お目出度い」認識だ。鎖国していたのに無理矢理開国させられた。国家コンセンサスを形成する猶予を与えなかったために、国論が分裂し、為に、井伊直弼暗殺という事件を引き起こした。それよりも、治外法権、関税自主権をあたえなかった開国はひどく、明治政府がその不平等条約の解消に日清、日露戦争を勝ち抜かねばならなかった。まさに、悪いのはアメリカだ。西欧は昔から悪かったのだ。そして、今も、あまりかわってないのではないか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
良い景色というか、良い眺めだと思う。これはやっぱり新しい景色、ということになるのだろう。目下ベイエリアの屋形船は栄えている。週末夜にはお台場から隅田川、勝鬨橋あたりまで、ずらりと屋形船の提灯が水面を飾る。ワールドシティタワーズ、全くの新しい眺めだ。報知新聞、もちろん元気いっぱい。東京海洋大学、もとの水産大学、そして雲鷹丸。大学も時代のニーズに応えてリニューアルしている。そして天王洲水門と天王洲運河、こちらは運河ルネッサンスだ。全体にみなぎる繁栄とは大げさだが、少なくとも平和な風景だ。ここで目に映るものに元気があるということは、やはり経済的にも繁栄していると考えるべきだろう。やっぱり日本は相当に凄いのではないか、と考えるのは極楽とんぼか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
京浜運河、緩傾斜型防潮堤、というらしい。あたらしい。お金がかかっている。散歩道としてはデラックス。この上に2層の緑に挟まれた遊歩道がある。運河を越えてモノレールを跨いでいるのは八潮橋、対岸の品川シーサイド側には自転車ごと乗る大型エレベーターが装備されている。この先の大井北埠頭橋はモノレールを潜っていたから、このあたりは相当にダイナミックだ。こうなると運河でちょっとアトラクションでもほしくなる。花火大会では平凡だし、競艇というわけにも行かないから、やっぱりボートレースか。カヌー競技、あるいはカッター競技など風情がある。昔パリへ行ったときセーヌ河で丁度パワーボートの大競技会をやっていた。ここまでは運河ルネッサンスも届かないようだ。京浜運河、次のウンガン・フロンティアである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
横濱媽祖廟。2006年竣工。まだ新しい。海の女神が祀られている。清国の横浜領事館跡地ということである。数奇な経緯で今日の姿となった。いまなおここでは歴史がつづきそして作られてゆく。楽しいはなしだ。横浜中華街、地下鉄からアプローチすると、ちょっと前とは違った表情を見せてくれる。もちろん元気いっぱいだ。気のせいか、表通りのディスプレイが視覚的に綺麗になった気がする。中国も大変化してしまったので、こうなったら日中台力を合わせての街並み保存である。サンフランシスコに日本街があったが、今となってはどんな街並みにしたらよいのか。イメージしにくい時代になってしまった。横浜中華街で考える日本のアイデンティティ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
京浜運河緑道公園。防潮堤上の未舗装の遊歩道。ばりばりに刈られたが元気に茂ってきた柳並木と濃い緑に挟まれた都会では数少ない柔らかいタッチの道。見えているのは「かもめ橋」歩行者専用の人道橋。自転車の解説をしたい。リチウム・イオン電池で脚力の倍の力を出す。8段ギヤと巧妙なコンピュータが装備されている。運河の大きな太鼓橋の登りで若者の自転車を軽快に抜き去ることができる。車重量を抑えているので、電池切れになっても脚力だけで軽快に走れる。平地の巡行速度が速く、快速で遠くまで足を伸ばせる。いつもなら苦になる向かい風も全く気にならない。残念ながら回生機構は装備されていない。文明の進歩を実感できる都会人の新兵器、その名はBridgestone Real Stream。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
アーティーチョーク。この蕾を食べる。スペインのカディスへ行ったときに沢山出てきた。百合根とか慈姑(くわい)に似た感じだった。巨大アザミといったところだ。ここ東品川海上公園のポンプ場の屋上庭園では面白い植物が沢山栽培され、四季折々楽しませてくれる。名古屋日帰り、1日おいて新横浜も新幹線で往復した。新幹線も普通の電車並の利用感である。しかしこのようなインフラは各国のどこにでもあるものではない。名古屋への途中かなり激しい降雨の所を通ったが列車はものともせず通過した。名古屋では駅から地表に出ることなく目的のビルとの間を往復した。行き先はルーセントタワー、途中の地下道はルーセントアベニュー、時間調整した喫茶店はサイエンスカフェ・ガリレオガリレイ。きしめんも地下街で食べた。こうした感覚は、日本中宇宙都市なみとでもいおうか。そのうちリニアもできるだろう。日本が世界で突出した宇宙国家になってしまうような気がしてきた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
久々の広い蓮池、上野公園不忍池越しの弁天堂。この景色は東京では珍しくここしばらく不変だ。他に東京でこんな広い蓮池はあるだろうか。梅雨の晴れ間、初夏を思わせる陽気、蓮の葉で風が見える。蓮はもちろん花を愛でるが、こうして立派な葉が茂ると独特の味わいになる。まさに水と緑の光景。乾燥地帯の人々からは夢の世界なのかも知れない。仏教の感触もあるが、蓮根も想起して、楽しい。蓮根の天ぷらが食べたくなる。記憶にある蓮池は、大阪の緑地公園、おなじく大阪の万博公園日本庭園、横浜三渓園。大賀蓮の話もあり歴史のロマンである。東北の毛越寺でも藤原氏の棺にあった古代蓮の種を発芽させ開花にいたった話が伝えられていた。昔は横浜、金沢文庫駅前も蓮池だった。ここは農家の方が通勤客の通る横で泥の中で蓮根の収穫作業をしていた。おなじ池でもこの蓮と睡蓮では随分違う。睡蓮は、まさにモネの世界となる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
京浜運河緑道公園。趣の異なる3層の散歩道が、遠くまでつづく贅沢な空間。1つは運河沿い、コンクリートだが水面に近い新設の立派な親水型防潮堤中段の道、もう一つはそのすぐ上段、柳並木とこんもりした緑地に挟まれた、舗装されてない道、そして舗装された、この深く緑に覆われた道、考えてみれば東京も結構な街である。このあたり一帯は、東京都海上公園といって、いうなれば公園と運河、そして海に囲まれた街並となっている。しかし、必ずしも機能は完備していない。ここ八潮団地は新幹線の車庫に隣接し、運河の対岸にはモノレールが走っているが、島に鉄道駅はない。橋は限られるし、京浜運河は堂々だがその幅は歩いて渡るにはちょっと広い。自転車で遊びにゆく気分転換にぴったりである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
現代の水道橋。ここは京浜運河、知る人ぞ知る大井北埠頭橋からの眺め。いろいろ見える。いつもはモノレールからの眺めであるが、ここからはその力強い登坂の姿が見える。あの若潮大橋の架け替え工事が見える。一旦横に仮橋を作る豪華さである。ローマ時代、水道橋は帝国繁栄の象徴だった。石原知事がオリンピック招致プレゼンから戻ってきた。まさに帝国の繁栄、勝負時を迎えている感じである。日経ビジネス、新年号から、山根一眞氏の「メタルカラーの輝き、再び」と言う寄稿を4回連続で読んだ。消防飛行艇開発の話である。素晴らしい。日本にもホンダや三菱だけでなく、もう一つの立派な航空機開発があり、それと新開発の消火液が組み合わされて、大規模消火の新時代を拓きつつある。かつて横浜に大きな水上飛行場があり、当時日本領だった南洋群島と結んでいた時代がある。飛行艇には大きな可能性がある。海上自衛隊の救難飛行艇はこれまでに800人余の人命救助に貢献してきた。新飛行艇の名前はUS-2。頑張れ日本だ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
芝浦西運河に作られた水上テラスの竣工セレモニー。地元都議会議員や校長先生も姿をみせ、若芝太鼓、運河クルーズ船も動員しての楽しい演出があった。このテラスは芝浦商店街が建設し維持運用している。今日のクルーズ船はここから新芝運河の縁緑地にこれまた新設されたキャナルカフェの小さなパーティー会場まで来賓を運ぶ。運河ルネッサンス、地元商店街も一生懸命だ。楽しくなくては商店街も発展しない。アイディアを出し、一歩づつ実現してゆくところが頼もしい。原丈人氏の「新しい資本主義」を読み始めた。のっけから、自らの2003年の警鐘記事の切り抜きを示して、立派である。いわゆる口舌の徒のエコノミストとは対極にいるようだ。金融工学は実験室にとどめて、有用性を実証するまで実用に供するなと言っている。ストックオプション禁止を主張している。次のバブル素材の排出権取引への警鐘を鳴らしている。新しい基幹産業の創生を言っている。これが現代のポイントである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
これが「隅田の花火」。花の名前としては相当にローカルだ。その上品な雰囲気は他のあじさいとは別格である。名前はローカルでも、ここ浜離宮では、浅草からの水上バス発着場近くにあり、海外からの多くの観光客の目に触れるところにある。はたして海外には知られているだろうか? ニュートン別冊、「よくわかる地球の科学」を読んでいる。読むほどに地球のメカニズムの神秘を感じる。太陽風をよけるための磁気圏の存在、生物に必須のオゾン圏の存在、そして何よりも不思議なのは雲の量が一定に保たれ、太陽放射の反射率アルベドを30%に維持しているメカニズムである。磁気圏も、この一定のアルベドもダイナミックなメカニズムで、それによって生命が安定に維持されている。こうしてみると低炭素社会への主張はいかにも杜撰、まゆつばものに見える。(photo:浜離宮で)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
初めて来たときの印象は日本じゃないみたい、といった感じだった伊丹空港。こうしてみると大阪の都市インフラも相当なものだ。それこそ網の目の強大な私鉄網、JRもあるし、地下鉄も東京にこそ及ばないが、立派なものだ。ギネスもののモノレール、ニュートラムもある。梅田、難波などあまたのターミナルの高度な状況は東京を凌ぐ。PiTaPaも凄い。もちろん新幹線、国際空港、高速道路、港湾などの不備はない。下水道も整備され、川もきれいになった。大阪の都市インフラはどこの国の首都と比べても負けないだろう。大阪はそのポテンシャルを考えると、もっともっと存在感を増して良い都市と言える。つまり実は大阪は日本のフロンティアの1つなのだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大阪南港には、東京はもとより他の都市では見れらないものがある。大阪市環境事業局、舞州工場の遠望。あのドイツ、マグデブルグ、オットー・ヴァン・ゲーリック通りで見た激しいデザインのホテルと同じ、Friedensreich Hundertwasser フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーの設計。煙突までしっかりデザインした巨大建築として群れを抜いている。いつの日か、近くでじっくり見たいものだ。環境デザインと言うが、ちょっと環境の意味が違うのではないか。景観も環境である。大阪市もさすがにマグデブルグのように市内目抜き通りには建てられなかったようだ。しかし、ここ大阪ベイエリアには何があっても驚かない雰囲気がある。大阪の心意気ここにあり、と言いたいところだが、典型的な箱物公共建築で、厳しい財政難に喘いでいては情けない。君はいくつ見たか、彼の作品を!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ベイエリアといってもここは大阪南港、港大橋。実に堂々、日本じゃないみたい、である。日本最長のトラス橋、世界第3位ということである。しかし、この大橋は海外にはないハイテク橋である。できた時も最先端、そして阪神淡路大地震のあと、これまた超ハイテクの免震・制震対策がほどこされた。設計や鋼材の質・量など海外物とは別格なのだ。そもそもここで使われる高張力鋼など作れる国は限られている。何気ない風景の中にその国の国力の凄さがにじみ出る、そんな大阪南港である。昨晩は何回も天安門事件の番組を見た。趙紫陽の回顧録が出版されたそうだ。和訳が出たら是非読んでみたい。それにしてもTVに映る中国の若者は悲惨だ。わずか20年前の自国の中心部でのまだ歴史にもなっていない事件、世界中の人々が知っているはなしを、まともに知る手段がない。知らないのだから考えようもない。こういう若者たちが育って、将来中国の国際的優位を築くのは無理というものだ。どこかで転換があるだろうが、円滑な転換はそれこそ至難である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
インテックス大阪。大阪南港、諸設備完備地区。過密な大阪にとって、新しい広大な空間に計画的に近代的都市機能を実現することは十分意義のあることと思う。しかしながら、ここはうまく進んでいない。「横浜みなと未来」は言うに及ばず、「お台場・有明け」だって苦難の中になんとかすすんでいるのに、どうしてだろう。都市計画は難しい。再開発のほうが、その制約が発想のトリガになり、また周りとの連続性があってうまく行くのかもしれない。突出した白紙からの街づくりはなかなか思い通りにならない。天安門事件20周年ということである。以前「何清漣」という人の本を読んだが、中国共産党の統治の大変さが感じられた報告だった。中国共産党はこれを乗り越えることができない。TVで「零八憲章」の話をやっていた。中国共産党は西欧を丸呑みしない、という見解だそうだが、その中国共産党の中身が、中国オリジナルでないところが悲劇のもとである。丸呑みしてしまった西欧のAが西欧のBを受け入れない、という話になる。中国オリジナルあるいは東洋オリジナルが西欧を丸呑みしない、というのなら応援したくもなるが。なんだか、長い導火線に火がつけられた感じがする。いよいよなのかなー。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
横浜で皆が楽しむ合掌造り。楽しい風景だ。こうしたことを実現する人も偉いが、このような立派な建築物の多くが廃棄されたりダム湖に沈んだのかと思うと残念な気もする。ここ三渓園の合掌作りは屋根が葺き替えられたばかりでいにしえの雰囲気ながら元気もある。とうとうGMがChapter11となった。Chapter11はシリコンバレーのようなベンチャービジネス、NASDAQ企業を追っていると日常的に出てくる言葉だ。ベンチャー企業は、端からみているといとも簡単にChapter11となる。それが歴史と伝統の巨大企業でも避けられないとは、なんとも資本主義は未熟なメカニズムだ。というより、これも折り込み済みのダイナミズムということなのだろう。この期に及んで関係者間の話し合いがつかないのだから、システムが硬直。やっぱり強権型の社会主義でないと駄目、最後に勝つのは中国共産党だ、ということではうまくない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
モノレールの見える景色。東京は美しい街だ。庭園に包まれた都市のように見える、が、実態はそうではない。ほんのワンショット。つつじと合わせて、わずかに見える菖蒲が季節を表す。なんだかマンションの広告みたいになった。ニュートンムック「月世界への旅」を買った。書店でニュートンムックや別冊を見ると、ついつい買ってしまう。今日一気に3冊も買って、書棚に並ぶのは15冊となった。日本の「かぐや」は相当な働きをしたようだ。月の裏面の地名は旧ソ連などが一杯つけてしまったが、きちんとした地形図を作ったのは今回の日本の観測である。それでも月のクレータに日本人の名前がつけられたものが9カ所もあるそうだ。その中に「ニシナ」がある。いやー、やっぱり日本は凄い国だ。月は決して地球を回っていないし、表と裏が全く異なるなど、興味はつきない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
現代建築に囲まれた芝離宮の、珍しく落ち着いたワンショット。松や池の手入れなど庭師の心意気の伝わる庭だが、なんとなくユーモラスである。雪見灯籠だけではない、庭全体にカジュアルというか気持ちの上の余裕があるように見える。六義園の柳沢吉保のような緊張感が無いところが、また味である。日経新聞、経済論壇、松井彰彦教授の「『世界大不況』時代の経済学」を読んだ。経済学の本流も迷走しているようだ。ようするに何が駄目だったかがわかっていないらしい。需要不足だそうだ。不均衡を是正できない、と言うより、何の不均衡なのかがわからない。単なる財政出動では解決にならないことははっきりしているらしい。それにしても、この松井教授の論述自体、結局何を言っているのかさっぱりわからない。現在、ある国際会議のプログラム委員、つまり集まった学術論文の査読委員をやっている。この視点からは経済学の論述は皆、不採録だ。根拠無く一方的に思っていることを言うだけで話にならない。まずは、経済学の論述法をきちんとしないと、いつまでも話百篇、肝心なときに役に立たない経済学の時代がつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
雨の季節。こうなると、ちょっと前の日差しが恋しい。六義園、心泉亭。木漏れ日の風景。日経新聞で清水義範氏の『日本は小さくない』というコラムを読んだ。日本は結構な大国なのだが、これを小国と卑下したり、認識間違いをする日本人が多いことへの一種の警鐘を鳴らしている。「ことさら日本を小さいと考えるのをやめようよ」、と言っている。面積では62位、上から1/3、人口では10位、経済力、軍事力等では言うに及ばず。このコラムでも言ってないことがある。排他的経済水域、世界第6位である。誰だ、日本を小さい国と考えよ、と言ったのは。ドイツの面積だって東西足しても日本に及ばないそうだ。世界には神奈川県にも及ばない国がいっぱいある。頑張れ、大国ニッポン、というよりも、がんばれ、大国の国民ニッポン人である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いろいろな物が見える。「西湖の堤」の向こうに新幹線。現代中国にピッタリの構図かも知れないが、ここは東京、芝離宮のワンショット。まさに箱庭である。背景の植え込みの切れ目は庭師の演出なのだろうか。新幹線、あるいはその向こうの国電のホームからこの庭が覗けるようにしたものか、逆にこちらからこのシーンを見せたかったのか、はたまた自然の植生の偶然か。東京の庭園ならではの面白さである。TVのアジアシリーズの番組で、インドの低識字率地域の話を伝えていた。識字率50%以下、20年間進歩なし、という地域のはなし。あのインドでなんということだ。人類とはなんて残酷な生物種かと思う。片方でハイテク産業が躍進し、あの米国から大量の雇用を奪い、片方で自国内にこの状況である。それがこのように外国メディアに取材され放送され、なんともない。信じがたい現実である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ついに雨の季節になったようだ。ビールスも衰えてくれるとありがたい。あじさいの季節。米国の駐日大使が発表された。シリコンバレーのM&A用弁護士で選挙資金集めで大成功した大統領側近だそうだ。何がしたいのだろう。以前からNHK出身の手嶋さんが日米同盟は形骸化していて、米国にとって日本は同盟国ではなく、駐米日本大使がさっぱり米国政権幹部に面会できてない、といっていた。オバマ政権は内政指向で、外交音痴、日米関係に注力することはないようだ。有力候補のジョセフ・ナイ氏になって、ソフトパワーの話を日本と一緒に発展させれば面白かったのに、と思う。シリコンバレーの金融や法務は極めて特殊な世界で、広い米国の中では一般性がない。日米関係発展への応用で成果をあげるのは無理だろう。(photo:芝離宮で)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
遂にあじさいの季節となった。雨滴がよく似合う。写真撮影用に散水することもあるようだが、これは本物。あじさいは種類も多く、また色の具合が実に様々である。同じ種類でも土壌のpHで異なるそうだ。花を描く画家にとっても、よい素材なのではないだろうか。スティグリッツ教授の経済教室、社会主義や全体主義からの経済システムの移行、ロシア型のショック療法型は全滅、徐々に移行したハンガリー、ポーランド、スロベニアのほうが円滑だったそうだ。実験できない経済学、ある手法を適用した例と適用しない例を比較できない、いわゆる制御された実験の出来ない、追試の出来ない学問といわれるが、今回は事例の集積で勝負がはっきりしたのではないだろうか。イラク経済もショック療法型で壊滅と言うことである。米国に、そして世界に沢山の経済学の頭脳がいるのに、実務には役立たないものだ。(photo:芝離宮で)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
三渓園、聴秋閣、こちらは「春日の局」ゆかりの楼閣。もとは徳川家光上洛時に二条城内につくられたというから、それを現代に横浜で皆が楽しむというのはなんとも面白い。この建物は横の楓とセットだ。こうして緑の葉と一緒に眺めると、見事な秋の姿も連想される。まれな積雪時の眺めを思い浮かべる人もいるかも知れない。西欧の建築物、石の城郭や大聖堂などでは全く味わうことのない、時空の広がりをもった意匠である。新聞で、「ゆうちょ銀行」の好決算の話が目に留まった。8割を日本の国債で運用したことにより、金融機関として抜群の業績となった。スティグリッツ教授のコメントを聞きたいところだ。誰が国を支えるのか? 「それは、商人には限界があり、結局政府である」といった感触になる。(photo:5月連休中)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
これも横浜の景色。三渓園外苑、横浜上海友好園。水面を埋める睡蓮が特別な雰囲気を作り出している。ほんとは背後を高速道路が横切り、その後ろに石油コンビナートが見え隠れしているのだが、まずはここは水郷も近い上海郊外の趣だろう。新聞で上海万博まで1年という記事が目に留まった。あの空前の大阪万博の入場者が6,000万人だったのに対し、今回の目標は7,000万人超だそうである。このお祭りを中国の人々が支持すれば、目標は達成できるだろう。万博は侮り難い。ここでデモンストレーションされた最新技術がいずれ世の中に普及し、イノベーションを牽引する。大阪の例では、動く歩道、モノレール、TV電話。リニアモータや電気自動車もあったそうだ。不渡りだったものにカラーFAXがある。環境への配慮も大阪万博で北欧系の国家が主張していた。ロボットもあったし、米国館はエアドームだった。さて上海は、平和な祭りとなってほしい。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
久々の六義園、人出も減ってとても落ち着いた感じである。梅雨になる前、つつじもほぼ終わり、あじさいの咲く前、緑が一段と優勢な季節、とても日差しが強い。気のせいか木々の葉一枚一枚がくっきりと自己主張しているように感じる。世の中は経済状況、政治状況を超えて、ビールスとの戦いが主戦場になってきた。関係ないかもしれないが、以前、山花貞夫氏が社会党を割って新会派を申請する当日に阪神淡路大地震が発生し、結局流れてしまったことを思い出す。民主党の政権取りは世界同時経済危機で水を差され、いままた新型インフルエンザで動きを削がれ、なんとも、ついてない感じだ。それこそ「選挙なんかしてるときではない」という天の声である。任期満了の9月が刻々と近づく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
人々が庭園の緑を楽しんでいる図。よく見ると前景だけでなく背景の山の緑も実に多彩である。もちろん四季折々の花も良いが、新緑のまさに緑を愛でる光景は、社会の落ち着きを感じさせる。今日、日本のあるいは世界の人間社会は決して落ち着いているわけではない。国内ではまさに天下分け目の戦いがはじまろうとしており、またウィルスとのそれこそ人類挙げての戦いのさなかである。経済状況の厳しさはこれからが本番ということらしい。どこの国も政府の施策は決定打を欠く。ようするに処方箋はよくわからないのだ。しかし、ここ横浜の一角ではそういうことを超越して、静かな人々の楽しむ姿が見られる。この庭園や集められた建物が造られたときはどうだったのだろう。(photo:三渓園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ここもまた横浜の奥の深さを感じさせる。三渓園でふと見た景色。横浜も実にいろいろな表情を持った都市だ。富豪の作った人手による庭園の中でこうした景観を楽しめるのだから、贅沢な話である。三渓園は回遊を楽しむ庭園のデザインとともに、集められた建築の意匠が並外れていて、そしてなによりも立体感があるのが素晴らしい。大名庭園の東屋や築山では遠く及ばないところだ。そして工夫された植栽が文字通り四季折々来訪者を楽しませてくれる。さらに外側の上海友好園では中国の別世界を味わうことができる。ここも背景の海蝕崖との組み合わせで、庭園の規模を超えたスケールの大きな眺めを味わえる。下に見えるのは亭樹。山上の塔は燈明寺三重塔と言う。1457年建造、関東最古だそうだ。由緒正しいところが、庭園の雰囲気を作る。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
すっかり出来上がった新横浜駅前。こうして見る眺めは、今の日本では何の珍しさもない、駅前風景である。ちょっとだけ、あの堤義明氏の影が見えるところがアクセント。驚くことに、この駅前完成を受けて、今、新横浜周辺は大変なビル建設ラッシュである。オフィスビルとおぼしき中規模のビル建設が同時並行的に多数進められている。マクロ経済とミクロ経済の進行は違うようだ。TVで日高さんのワシントンレポートを見た。元FRBのリンゼイ氏のインタビューがあった。オバマ政権の経済政策は全く駄目らしい。あと1年も立たずに破局が見えて、こちらも政権交代となって政策転換するという。やはり、政府がお金を蒔いてうまくゆくというのは幻想らしい。それから、ロビースト経験者を排除したために任命制の政府が組めず、行政が止まっているとのこと。米国では有能な専門家は皆ロビーイングの経験があり、これを排除していては政府が成り立たないということだ。以前イラクでバース党経験者を排除したために有効な政府が作れなかったのと似たような現象である。なかなかうまくゆかないものだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大都会の真ん中で、皆が一斉に大空を見上げ一点を指す、それはスーパーマンのワンシーンだ。今回は、皆が大空を見上げるところまでは一緒だが、一斉にケータイカメラでガシャッと言うところが違う。見事な二重の虹だった。この季節、一雨ごとに緑が伸びてゆく。原田氏の「国際標準化戦略」をため息とともに読了し、次に「スティグリッツ教授の経済教室」を読み始めた。2007年の出版で、その前2003年から毎月のコラムを53回分時系列で並べたものだ。この期間は筆者にとってもちょっとした思い出の区切りの期間だったので、時代意識をしながら読むことが出来る。冒頭の新規書き下ろしの序章から激しいIMF批判、ワシントンコンセンサス批判である。今となってはなかなか幸せになれない韓国が哀れである。朝鮮半島は北は中国に、南はワシントンにやられてしまっている感がある。冷厳な地政学の帰結かも知れない。そこへゆくと、マハティールは偉い。中国、インドは格が違う。もちろん日本は別格である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
八景島シーパラダイスの圧倒的な賑わい、日本の元気、といったところである。静かなこの地を知る者にとって、ちょっとした感慨である。ここはあの堤義明氏の遺構とも言える。大人気で、皆が楽しんでいる。子供もいっぱいだ。ベイエリア、このあたりは磯子プリンスホテルは建物ごと解体され、マイカル本牧も哀れなほど不本意な状況となっている。しかし、ここは違う。本来は高速道路の橋脚として作られた人工島である。凍結されていたその本来の目的が最近動き出した。後ろに野島山が遠望される。歌に詠まれ、版画に描かれた由緒ある景色、その内部には帝国海軍の使われなかった水上艇の防空格納庫が眠る。周辺の漁業も元気いっぱい。潮干狩りも大漁らしい。ちょっと大げさだが,豊穣の海、歴史的な由緒、そして都会人のための人気の近代設備、現代社会のための重厚なインフラ建設、結構な横浜金沢の今日である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
横浜も奥が深い。称名寺、まさに極楽浄土である。ここもやはり四季折々だが、この時の菖蒲の満開は素晴らしい。これが紫の菖蒲だとまた雰囲気が変わることだろう。これで本堂の伽藍が朱色や極彩色だったら、山に囲まれた中で、山門をくぐると突然の別世界が演出されることになる。北条実時の時代だから、かなり古い。こうした古刹を訪ずれると、やはり江戸は新しい、いうなれば新興勢力、新興文化だなーという感じがする。この庭園の復活は昭和の最後であるが、この昭和の終わりから現在にかけて、日本中で物凄い文化財の修復、復活が進められている。まさに1000年に一度、いやそれ以上のペースである。薬師寺、唐招提寺、興福寺、平城京、本願寺、平等院、三十三間堂、などなど。これも国力のバロメータであろう。後世、この時代、日本の文化は隆盛を見た、と記録されることになるのだろう。「隆盛」の、そのあとが問題である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ちょっと前の小石川植物園、正面は小石川養生所、赤ひげ先生の井戸の跡である。開設者は将軍吉宗、先日の隅田川堤の桜と一緒である。最近筆者の体もあちこちガタが来て、最先端の医学の恩恵に浴することがあった。全く、医学の進歩には目を見張るものがあり、その成果に触れたときは、ほんとに有り難く感じるものだ。医師ほど素晴らしい人はいないと感じた。こうしたときには、少しでも多くの困っている人に最新医療の恩恵が行き渡ってほしいと願う気持ちになる。国民医療は将軍吉宗の時代から、国家権力にとって、政府にとって、もっとも基本的な重要課題である。メキシコのウィルスの話が伝えられている。大事にならないことを願うのみである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
一本の桜の古木は一人なのか家族なのか。この仕掛けなら、永遠の命も不可能ではない。桜の木は美しいだけでなく、恐ろしいほどのエネルギーを秘めている。暖かくなってきたが、ときどき季節が戻ると寒く感じる。こうした中、北極の話がTVで伝えられている。こちらは暖かくなると、いよいよ氷がなくなって、北極航路が実現、日本は国際物流の王者に位置することになるそうだ。未開の資源開発でエネルギー需給も大幅に緩和される。こうなると日本千年王国だ。しかし、片方で低炭素社会へ向けて、というムーブメントに賛同し、かつ推進しながら、その反対の現象で莫大な利益を受けるということになる。精神分裂、自己矛盾、偽善、欺瞞、なんと表現すべきだろう。(photo:小石川植物園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
沸騰都市東京のど真ん中、文京区のちょっと前の景色。入念な人手による庭園と由緒ある古木の中の平和な風景。ごった返すわけではなく、かといって閑古鳥でもなく、人々は自然に集い、楽しんでいる。世界の時局評論家はこの眺めを何と評するだろう。「未曾有の経済危機」、「国家を覆う閉塞感」、「将来を悲観する若者」、皆、ちょっとおかしいのではないだろうか。実態は、その圧倒的な国力を背景とした、世界一の沸騰都市中央部の、潤沢な社会インフラ上の、平和で落ち着いた、成熟した人々の営みを象徴する風景。戦後60年余、日本の到達点の一つの姿。胸張れる近代国家の一つのモデルであろう。今日、どこの国だって、問題だらけなのだ。ここは国営の大学、東京大学の研究施設、小石川植物園。上海やドバイのような新興施設ではない、由緒正しい小石川養生所跡である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
花がまぶしい。ちょっと前のかいどう、または花かいどう。海棠と書く。美女になぞらえられ、恥ずかしげに咲くというが、こんなに咲いては、それこそ恥ずかしげもなく、ということになる。先日、TVで所さんが、「そめいよしの、あれは咲きすぎ」、と桜批判をしていた。贅沢な花園都市東京の姿である。オリンピック調査団が東京を離れ、次の候補地、リオへ向かった。リオはちょっと前に訪れることが出来た。とても魅力的な都市だが、オリンピックは似合わない。せいぜいビーチバレー大会か100歩譲ってトライアスロン大会だ。いやー、今年は何か日本が次の飛躍のきっかけをつかむ年になるような気がするが、それが東京オリンピックだったら素晴らしい。(photo:文京グリーンコート)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
らしょうもんかずら、しそ科、とある。花をよく見ると複雑な形をしている。羅生門に住む鬼の手の形に似ているのでこの名になったそうだ。しかし、羅生門とはなにか、浅学ではさっぱりわからない。もとは羅城門(らじょうもん)で、都の正門のような城門の呼び名。平安京すなわち京都にもあり、これを素材に芥川龍之介が小説を書き、羅生門とした。それを黒澤明が映画化した、ということらしい。こちらは美しい春の花に全くふさわしくない、暗く重苦しい話だ。しかし鬼が登場するのはずっと昔の羅城門なので、本来は、らじょうもんかずら、なのだろう。こちらは平安中期、源頼光の武勇のはなしで小説のようなことはない。花は誰がいつ名付けたのだろう。東京は花と緑の季節を迎えた。(photo:白金、自然教育園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ふと見た景色、桜を見上げる人々の姿が面白い。絵が描ければ、広重の東海道みたいな表現が得られそうな眺めである。文京グリーンコート、あまたノーベル賞を輩出した理化学研究所跡地の古木の一コマ。週刊ダイヤモンドで、スティグリッツのコラムが目にとまった。今度は米国が保護主義を広めていることを非難している(「アメリカが次に世界に輸出するのは新たな保護主義か」)。米国の広めたグローバリゼーションは駄目で、今度は保護主義を広めて大恐慌を招来するそうだ。氏はブッシュ時代を暗黒時代と表現している。昔、日米自動車摩擦、日米コンピューター会議というので大騒ぎしたことがあったが、まさに今昔の感である。氏によれば金利引き上げと政府歳出削減を言う旧態依然のIMFも駄目、金融界への政府資金注入も、ボーナスや配当で引き出されているそうだ。米国の未来は拓けない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
吉祥寺、二宮尊徳、榎本武揚、鳥居耀蔵、そして鹿島守之助夫妻が眠る墓所が年に一度見せる、まさに浄土の姿。立派な山門が世俗の象徴たる本郷通りを隔て、これほど鮮明に二つの世界をシンボライズする情景は無いだろう。気象解説によると今年は桜の開花から満開までの期間が非常に長いそうで、つまるところ浄土を長く楽しめた、ということになる。日経コンピュータで東京三菱銀行のシステム統合、6,000人の大奮闘の話を読んだ。凄い中に素晴らしいドラマである。こういう世界、こういう仕事のあることを多くの人に知ってほしいと思う。この雑誌の新しい編集長は正月の就任時の編集後記で、この23年間bad newsばかり追いかけてきたが、今年はgood newsを追いたいと述べている。全く、badジャーナリズムは少しは反省して国民のためのgoodジャーナリズムになってほしいものだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
小石川植物園、その昔の小石川養生所跡、「赤ひげ」先生の世界で、今は東京大学の施設。沢山の人々が花を楽しんでいたが、それでも混み合った感じにはならず、とても気持ちの良い空間となっていた。若いカップル、小さい子供連れ、熟年夫婦、と、まさに現代の養生空間である。植物園にはいわゆる庭園と異なる魅力がある。空間自体は人の手で作られているのだが、樹木は自然で、枝を刈られることなく巨木に育ち、この時期圧倒的な迫力で、訪れた人々を楽しませてくれる。NHKで安達峰一郎博士の業績を伝える番組を見た。立派な日本人がいるものだ。その葬儀に際してオランダは国葬もって遇したということである。Webサイトで、その肖像画の掲示実現に小和田さんの尽力のあったことがわかった。その戦いの歴史が連綿と現代に引き継がれていることが嬉しい。隣国から核ミサイルの発射リハーサルをやる人々がいる現実の中で、今こそ頑張れ日本である
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
新しい年度を迎えた。誰しも、この会計年度が困難を乗り越えた良い年となることを願っている。毛利庭園、ふと見た景色。現代日本の平和と成熟と安全と、そして繁栄をシンボライズしている眺めと言える。隣国から核ミサイルのリハーサル版が飛来するかも知れないときに、人々の表情は平和そのものである。100年に一度と言われる経済的困難な状況の中で、人々は花見の余裕。人々の振る舞いは落ち着いて、洗練とまではゆかないまでも、大衆的な経済的成熟が感じられる。構築物は最先端、庭園は江戸時代の大名庭園の名残を表現し、桜の古木はこの地が、単なる新興開発地でないことを物語っている。背景はTV局、メディアは元気、メディアのあるところ人が集まり賑わう。タワーマンションが象徴するように経済格差は実在するが、それが都市に見苦しさをもたらすほどではない。この地のディベロッパーは大不況にも拘わらず元気溌剌。それこそ東京中を沸騰させるべく構想中である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
巨木の全体像とタワーマンションのコントラスト。落葉時の大木の姿はなかなか力強く、安定感がありすばらしい。新聞に地価と株価の推移のグラフがあった。1970年代から大きなピークをつけて戻った形になっている。全体像、経済の循環を見ている人にとっては何でもない推移だろう。まさに上がったモノは下がる。しかし、個々の人間の営みはそうはゆかない。上がるところ、下がるところでいろいろ得たり失ったりだ。それに人生はそんなに繰り返せないから、一人の人間にとっては一回きりの、この30年余と言うことになる。先日TVで加島さんという人の老子の現代訳の話をやっていた。2000年以上前の春秋戦国時代の話が今も通じるのだから、全く、人類は進歩しないものだと思う。(photo:浜離宮で)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
京浜運河、ふと見た景色。ここは見事な柳並木になっていたのが、あるとき丸坊主に刈り込まれてしまった。それが今春、緑に再生中である。ここでも凄いインフラ整備が進行中。かなりの距離にわたって防潮護岸工事がすすめられ、ぴかぴかの護岸となった。このちょっと先では若潮橋の架け替え工事が始まった。重量制限のある幅17メートルの橋がボトルネックになっているのを27メートルの橋に掛け替え、大型の海上輸送コンテナの重さに耐えるようにする。一端脇に仮橋を造り、こちらに通しながら旧橋を撤去、新しい橋を架け、仮橋を撤去する。もうこの手の土木工事に不可能はない、何でも作ってしまうのが今の東京だ。ちょっと写真が傾いでいるのが、なにか、この八潮団地も建て替えてほしいよ、と言っているような気がする。作業船の向かう先は羽田沖かな。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
これぞ建設の槌音。羽田空港再拡張事業、国際線地区。旅客および貨物ターミナル、エプロンなどを作っている。ちょっと前には世界中の大都市空港で拡張工事をしていないところはない、という状況だったが、現在はどうなのだろう。とにもかくにも、沸騰都市東京の迫力はつづく。「マネーが止まった」のつづき。金融自由化の推進から、システミック・リスク(金融機関の連鎖的破綻)回避のための工夫が求められ、金融機関の自己資本比率規制の考えが生まれ、BIS規制が登場する。国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準である。これが簿外処理という手法を活発化させ、これが金融機関の状況の透明度を下げ、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を生み、ついで、日米の政策当局の閉鎖経済論にもとづく低金利政策の同時実施が加わり、一方グローバリゼーションやユーロの拡大で、プレミアムが消え、世界的に低金利となり、年金基金の苦境が生まれ、サブプライム・ローンを含む投資ブームとなり、マーケットのワンウェイ・エクスペクテーション(一方的期待)が広がり、大バブル発生に至った、ということである。楽しくも悲しい桶屋の物語、あるいは乗数理論、人類の東海道中膝栗毛、まだまだつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
これも沸騰都市のインフラストラクチャー。典型的な調達優先、閑古鳥の公共土木であったが、にわかに脚光を浴びることになった。政府の景気刺激策で1000円で行けるようになるのだ。ただしETCを装備する必要がある。もちろんETC市場は特需に湧く。こんなことで世の中進歩するなら苦労はいらない。田中直毅著「マネーが止まった」、復習すると、米国で10年続いたベビーブーム、そして年金の積み上がり、機関投資家の出現と「機関化現象」、そしてその運用手法の精緻化、ブラックマンデーを経て、リスク回避のための「オルタナティブ・インベストメント(代替投資)」の定着、様々な「クオート」市場の開拓、そして自己資本利益率への関心の高まりと投資銀行の株式公開、あわせて株式取引手数料の自由化、投資銀行の自己資本を使っての収益向上、そしてさらなる金融自由化、とまだまだつづく。これは不可避的な道だったのか、単なる愚行の連続だったのか、はたまたいくつかの見落とし、失敗起因なのか、あの戦争の時と同じ、もしあのとき・・・だったら、という歴史の繰り返しみたいにも見える。田中氏はインセンティブ・システム設計の誤りを指摘し、その前には貪欲論、強欲論は影が薄い。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
羽田空港再拡張事業、D滑走路建設工事。まさに浮沈空母である。これも沸騰都市東京を特徴付けるインフラ。世界的な経済状況などモノともせずに、むしろ追い風として工事は進む。橋脚型と埋め立て型の組み合わせ。そういえば「海ほたる」の東京湾横断道路も海底トンネルと橋脚の組み合わせだった。公共工事用技術の余裕である。夥しい作業船、やってる人々は楽しいだろうな。地図に残る仕事、宇宙からも見える仕事である。田中直毅著「マネーが止まった」をだいぶ読んだ。TV報道や経済週刊誌とは全く違う。そもそものスタートは世界大戦の終結に伴う米国のベビーブーム、これが10年間つづいたとこらから始まる。つまり年金の大量積み上げが発端なのだ。凄い話だ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
シンプルなデザイン。なんと表現したらよいのかわからないが、端正な門、その向こうに何か良いところがあるに違いないと思わせるデザインである。春は近いが、まだ春ではない日差し、木々の表情である。こうして見ると日本のデザインは結構直線デザインでモダンだが、そこに微妙な曲線があるところがポイントのようである。経済状況は相変わらず大混乱。ドイツで特別な補助金効果で乗用車が大量に売れ、販売店は欠品状態だそうだ。大野耐一「トヨタ生産方式」が実行されていないらしい。トヨタ式は作りすぎを恐れるあまり、急な需要増、欠品には弱い。必要なだけ作ると言う方式の背景に、平準化して作るという考え方がある。動乱の世にはトヨタ式だけでは足りないようだ。(photo:六義園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
よく見ると実に結構なお庭である。庭師の手入れが尋常ではない。見事な松という表現を通り越して、池の鴨といい鯉といい申し分ない。こうした景色を散歩の中で気軽に味わえるのは、さすがの日本である。ここは都立公園だから、1,300万人都民総大名気分といったところであろう。野党党首の金庫番、公設第一秘書が逮捕された。東北地方で事業拡大するゼネコンの違法な政治献金ということだが、発端はこの建設会社の裏金造りのための外為法違反。ロッキード事件を思い出す。このときも発端は裏金の為の外為法違反だった。このときは背後に米国政府の直接的な意向があった。今回も駐留米軍撤収を主張した矢先のことである。虎の尾説を信じたくもなる。まさに「あなたの為だから」だ。やっぱり佐藤優氏の言うとおり、グレートゲームが始まっているようだ。(photo:六義園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
春の日差しの中の雪吊り、吊縄の間隔が春の風のせいか、ちょっと乱れているところが面白い。しかし、このあと実際にみぞれが降る日があった。春の雪である。大野耐一著、「トヨタ生産方式」という本を読んだ。1978年出版で、2008年8月で104版となっている。凄い本である。内容は極めて基本的、しかしながら今日に至るも産業界で必ずしも実行に移されていない。「脱規模の経営を目指して」、という副題がついている。今日の経済情勢にピッタリ符合する記述がある。世界一になるは世界一になる努力がある、他とは違う、という感じである。しかし、それにしても、今回の自動車産業の在庫調整は何なんだろう。需要の低下が20%だったのに、生産調整は-60%だったそうだ。(photo:六義園)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
芝浦運河の楽しい光景、NHKの東京中継に出演した(?)カヌーがそのあと甲羅干ししていた。まさに運河ルネッサンス。TVでロシアの現状、「プーチンのリスト」という番組を見た。ロシアも大変な状況のようだ。外資依存の新興財閥が総崩れで傾き、外貨と資本を貯めた政府が強大になり、資源とエネルギー産業を基盤に「国家資本主義」という道を追求しているそうだ。ロシア政府はまさしく「国家独占資本」であり、これが元共産党やKGBの人々が推し進める政策というところに大いなる皮肉がある。強大なロシア政府はいうなれば革命勢力の標的だが、今はもう誰にも革命は出来ない。この独占資本に奉仕する企業のみが存続を許されるということらしい。ロシアは西欧諸国とは異なる道を歩むそうだが、この結末はどうなるのか、是非見届けたいという気持ちになる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コレド日本橋、初めて入った。ちょっとデザイン過剰な印象。なんとも捉えがたいところだ。地下鉄の駅から直通で、気軽な飲食店街と食品スーパ、ついで途中までが高級ブランド店、早稲田大学の施設、その上はオフィスなのだろうか。昔はデパートだったところだが、きちんと計算された都市機能か脈絡のない開発か、とにかく都市の活力である。TVで「沸騰都市東京」という番組を見た。「凄い」の一語、東京のダイナミズムを余すところなく伝えていた。結局、世界的な高度経済成長期に経済的に一番稼いで、その富を長期視点で都市インフラ、国家インフラにつぎ込んで次の国際的優位への基盤を固めつつある、それが日本の今の姿のようである。豊洲の小学校の元気、日本の元気である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今の日本にこんな景色がある。昔からの眺めであろうが、それが文化財としてきちんと修復され、多くの人々が訪れる場所となっている。海外の人々にもじっくり味わってほしいJapan’s Coolのひとつだ。ノルディックスキー複合団体、久々に日本が優勝した。西欧はあの圧倒的に強かった日本を、身長差まで利用してのルール変更で勝てなくした。日本はその新ルールを努力によって跳ね返し、再び優勝した。ルール変更で勝とうとする西欧。西欧の作るルールのもとで、いつの日か努力を積み重ねて勝つ日本。この繰り返し例は多い。ルマン24では日本の優勝後ロータリーエンジンを禁じた。経済メカニズムでも、メインフレームや自動車産業の例がある。日本がチャンピオンになった瞬間にルールを変えてくる。いつの日か、ルールを作る日本になってみたいものだ。(photo:平等院鳳凰堂)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント